(将棋)福崎 文吾vs羽生 善治 1988年 #1


(将棋)福崎 文吾vs羽生 善治 1988年 #2


(将棋)福崎 文吾vs羽生 善治 1988年 #3


羽生三冠がまだ五段だった頃、NHK杯で初優勝したときの2回戦、
「妖刀」と呼ばれる福崎文吾九段(当時七段)との対局の動画です。
解説の加藤治郎名誉九段が言っていますが、
羽生さんは火曜日に戦うと負けたことがないとか、
当時からジンクスのようなものが話題になっていたんですね。
最近だと竜王戦で森内名人がカツカレーを食べると勝つとかが話題になりました。
羽生さんはデビューしていきなり勝率1位と新人賞、翌年は勝率1位と敢闘賞、
そしてこの動画の1988年は対局数80、勝利数64、勝率8割、16連勝と4部門で1位になり、
最優秀棋士賞にNHK杯優勝までもぎとりました。
解説の加藤名誉九段は羽生さんが14歳くらいのときに、
対局していると中原名人はじめ多くの先輩が取り囲んだと言っていますが、
若い頃から既に天才というのはわかるものなんですねえ。
渡辺二冠も9歳のときから話題で、中原十六世名人が渡辺少年の話を聞いて、
その子に羽生君はやられるんだと言ったことも有名です。
しかし、子供の頃から段位があがっていく早熟の天才でなくても、
才能を見破る人がいます。

米長邦雄著「将棋の天才たち」より

丸山忠久九段(38歳)は謎の多い棋士である。その実生活は誰も知らない。
といって変人とか友人がいないという訳ではなく、人懐っこい笑顔をもつので、
丸山の将棋は「ニコニコ流」と呼ばれている。
本人のプロデビューは遅く、中1、中2と2回奨励会の試験に落ちた。
しかも師匠の佐瀬勇次名誉九段に二枚落ち(飛車・角なし)で負けたというから、
大したことはない。よくプロ棋士になれたというところだ。
<中略>
丸山は私の弟弟子にあたるが、彼が中学生のとき、佐瀬勇次師匠が、
「ヨネさん。今度丸山というのが入門したけどね。これがタイトルを獲る逸材なんだよ」
と明言した。私は
「奨励会のテストを2度落ちた人間が、まさか」
と思ったが、師匠の予言はピタリと当たった。
師は丸山忠久のどこを見てそう断言したのかこれも謎である。師匠の慧眼には恐れ入る。


ちなみに米長永世棋聖が小学6年生の頃、佐瀬師匠は米長永世棋聖のご両親に、
「息子さんは名人になれるかわからないが、八段にはなれます」と言ったそうです。
米長永世棋聖は49歳の時、名人への挑戦7回目でとうとう名人位を獲得しました。
6度挑戦を跳ね返されてもなお挑戦者に勝ちあがるというすさまじい根性が、
師匠の見立てを上回ったということかもしれません。

それにしても最後に銀を打ったときの羽生さんの駒音は高かったですね。
福崎九段の「妖刀」切れ味と、
羽生三冠の羽生マジックが飛び出す見ごたえのある将棋です。 
加藤名誉九段の、
「これがあるからおっかないんだなあ。この羽生天才の将棋は。」
というのもなかなかの名調子だと思います。

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