将棋は先手がやや有利なゲームとされています。
だいたい先手の勝率が52~53%、後手が47~48%くらいで、
2008年度に後手が勝ち越して話題になりましたが、その後は先手が勝ち越しています。

それでは対局している棋士はどう感じているかというと、
やはり先手のほうが有利だと考えています。
羽生善治三冠は、後手番は準備することが多くて苦労が多いと(楽しそうに)述べてますし、
合理的な渡辺明竜王は、後手で相手がミスせず勝てる戦法は無いとまで言っています。

指されている戦型にもそれが出ています。
例えば角換わり腰掛銀先後同型のような、
先手も後手も同じ形になる将棋は姿を消しつつあります。
これは、先手も後手も同じ形なら先攻できる先手が有利だからと、
棋士が思っているからです。

それでは後手番ではどのように戦うのがよいのでしょうか。
例えば昔から指されてきた後手振り飛車対先手居飛車急戦は、
先手が先攻する、後手が先手より王様の囲いが堅い、
という別の方向性の主張がぶつかっていました。
ところが、居飛車側が振り飛車側よりも王様を堅く囲う手法が確立されてきたので、
現在では居飛車急戦はほとんど指されない戦型になりました。

そこで後手振り飛車は、
自分の王様の方が囲いが堅いという主張を守るために、
一旦先攻する体勢を見せて、それでも相手が王様を囲おうとしたら攻め、
受け止める体勢にしたら自分の王様を相手より堅く囲うという手法をはじめました。
それが藤井システムやゴキゲン中飛車といった戦法です。
また、居飛車同士ですと横歩取り後手△8五飛戦法というのも、
後手の方が王様が堅いという主張です。
こういった戦いでは、
先攻した側は五分五分の別れでは王様の堅さで不利になるので、
どのように駒得を図ったり手番を握ったり、
あるいは他の部分でポイントをあげるのかといったところが、
中盤の見所になります。

王様が堅いという以外の主張も試されています。
後手一手損角換わりがそれで、先手の手詰まりを狙ったものです。
王様であれば一番守りが堅い場所に、
飛車であれば一番十字に利くようにといったように、
それぞれの駒の役割を吟味しながら配置すると、
やがてそれ以上は動かさないほうがいい、飽和状態になります。
そこで後手は先手を飽和状態に誘導し、
先に最善の形を崩してもらおうという考え方です。
実際初期の後手一手損角換わりでは、
先手が角換わり腰掛銀先後同型と同じ型に組んで手詰まりになっていました。

そこで先手は手詰まりを回避すべく、
また、序盤から一手損をしている後手を咎めるべく、
急戦をしかけるようになります。
最初は棒銀でしたが、これは後手にも対抗策が見つかり、
現在では早繰り銀で先攻する将棋が指されています。
後手はそれに対抗して、
4手目にいきなり角交換した後に、右の銀を急いで左に動かして急戦に対応する、
という考えが試されていて、例えば2012年の第25期竜王戦では、
丸山忠久九段が後手番となった第2、第4局で採用しています。
こういった戦いでは、
先攻した側が具体的に駒を得するといったポイントをあげられるか、
また、攻撃の拠点を残すことができるのか、
手番を握って攻撃を続けることができるのかといったことが、
中盤の見所になります。

他にも銀損定跡というものがあります。
これは先に先手が銀を損するかわりに、
攻撃の主導権を握り続けることを目指す戦法で、
先手の先攻&主導権と後手の銀得という違う方向性の主張がぶつかっています。
銀損しても攻めが続けばいいという考え方が実戦で試されるほど、
攻撃する側が有利という価値観が地位を築いているは驚きですね。
こういった戦いでは、
先手が攻撃の主導権をどこまで握り続けることができるのかが、
中盤の見所になります。

このように序盤では指し手の後ろに棋士の思想があり、
相手の思想を全否定すべく駒組みが進んでいきます。
また、採用する戦型にも思想がでます。
丸山忠久九段は角換わりが自分の感性に合うからやると述べてますし、
糸谷哲郎六段は勝率4割台前半の一手損角換わりをするのは指し口が面白いからと、
著書である現代将棋の思想~一手損角換わり編~で述べています。
それに対して一手損角換わりを採用せずに普通の角換わりをする渡辺明竜王は、
後手は先手のミスを誘うしかないからと言っていて、
後手番では角換わりから徹底した待機戦略で先手のミスを誘っています。
一手損角換わりを指す棋士はロマンを求める芸術家肌の強い棋士なのかもしれませんね。